夜明け前 理蝶
草臥れたカーキの行進
煙たい小屋の通りには雑踏
生活のために涸れた声と鳴らす鍋
人は烏より狡く街に息づくのだが
それは命の強かさを何よりも示している
あれだけの事があったのだ 何がなんでも生きなければ
土埃をふざけたくらい巻き上げたジープ
数人どかどかと通りに降りてくる
垂れ目のサングラスは高い鼻に誇らしげに乗っている
濃い飴色のレンズはこの国の陽光では手持ち無沙汰だ
短い煙草から新たな煙草へ火が移る
こっちのはもう用済みらしい、放り捨ててしまう
そう、もう用済みなんだ あの煙草のように
小箱にコインを せめてもの愛を
give me mercy
しかし彼らは「俺たちにできるのは明日晴れることを祈るくらいさ」
そう言って十字を切って去ってゆく
あぁ生きなければ 右足を引き摺り歩く
今日眠る場所まで少しずつ
生きなければ 今生きているのだから
あれだけの事があったのだから
今はただ絶望が去っただけ
人が生きているから湧き出る希望が
砂漠の湧水のようなその希望が
この体を満たすまで
生きなければ 生まれたらどうせ死ぬのだから
あれだけの事があったのだから……
pause…
僕は映画を止め天井を見る
こんな時代があった
確かにあったのだ
僕の知らない景色や悲しみが確かに訪れていたのだ
それらはもう「歴史」と呼ばれるようになったが
静かに腕を組み息をする
弛み始めた体に 触れた腕が気づく
ああ、まずここに満足な体はあるのだ
心で病めているのだ
落ち着いて心を見つめることが出来ているのだ
そうだ
はぁ生きなければ ではなく
さぁ生きなければ だ
もうじき日が登るはずだ
さぁ、生きなければ