夜はすべてを知っている 朝霧綾め
夜はすべてを知っている
愛しているはずの恋人の胸で
眠った女が
静かに涙を こぼしていたこと
深夜まで勉強をする 中学生が
ふいにシャーペンの先で
自分の手首を傷つけたこと
草むらの陰に 捨てられた子猫が
一晩中段ボールの中で
鳴き続けていたこと
砂漠で迷った旅人が
途方に暮れて
星空を仰いだこと
夜はすべてを知っている
遅くまで電気のついた教室で
丸付けにはげむ先生が
「よくできました!」と書いたこと
明日はじめて会社へいく青年が
真新しいスーツとネクタイを
興奮を抑えて 枕元に置いたこと
さっきまでけんかしていた
ライオンのきょうだいが
一緒に月を見上げて仲直りしたこと
たくさんのベッドの中で
たくさんの子供たちが
無心に眠っていたこと
あるところには小さな灯りがあり
あるところには穏やかな暗さがあって
そのどちらにも
いきものの呼吸があるということ