冬未明 秋さやか
夜明け前の月を
見つめながら歩く
足元に沈澱した紫の夜
うつむけば
その深みに
落ちてしまいそうな心細さのなか
しずけさを
優しく揺らすエンジン音で
どこかへ走り去っていくトラック
誰もいなくなっても
規則正しく変わりつづける信号機
工場のだだっ広い駐車場に
ぽつんと停めてある車の
フロントガラスは凍りつき
きらきら輝いている
いつから停めてあるのだろう
わたしが夢から覚めたときにはもう
ここにあったのだろうか
持ち主が戻るころには
すきとおる水滴へ変わっていることを
ちいさく願う
白い吐息は
やすらかに闇へ溶けてゆき
影だけの世界に
わたしもまた影として馴染む
言葉はまだ眠っているから
ひとびとの寝息に呼応する
星の瞬きが美しい
名も知らない星と星とを
結びつけたくなる 澄んだ孤独
もっと星座に詳しければ良かったと
もどかしい気持ちを
木々のざわめきにあずけ
薄明かりを放つ
工場の入り口へ
吸い込まれるように入っていく
錆びついたドアノブは
冷え切っているけれど
次にこの扉から出るとき
世界は一転し
優しいまなざしほどのぬくみで
朝焼けがあかあかと広がっているだろう
陽のあたる銀色のフェンスには
小さな鳥が降り立つだろう
そう
信じていられる 冬未明