見送る夏 雪柳(S. Matsumoto)
昔 子供の頃に
ふるさとを訪れてきた夏は
百日草や向日葵や ダリアの花が咲き競う
まばゆい空の下
日ごと 海で波と戯れ
野や山を駆けめぐる
言い尽くせない楽しさを
思う存分 掴み取らせてくれた
それはきっと
憂いのない 気ままな幼い時期だけに
約束されていた 至福
成長すると
ひとりでに 容易でないものが増えてゆく
大人になるというのは
抗いがたい現実に
否応なく晒されながら 年を取ること
魔法がとけるように
子供の頃の至上の夏は 消え失せる
ふるさとを離れ もう随分長く暮らす街では
夏は ただ年ごとに
つのる暑さが 身にこたえるばかりで
そんな悩ましい移ろいを
どうしようもないまま
慌ただしく過ぎる日常の 積もり溜まる澱に
体も 心も
次第にやつれ うらぶれるに任せて
失われてゆくもの 留めておけないものを
諦める術を覚える月日を送っている
これは 何かの罰だろうか、と思う
それとも 約束された魔法の夏の
避けられない代償なのか、とも
時が連れていってしまった 父と母
翳りのない子供の夏を
きっと与えてくれていた
その親しい人たちのほうへ
やがて自分も向かうのだろうかと
ぼんやり考えてみたりする
街角の雑踏を
夏は いつも
懐かしい風景を縫い綴る衣を纏ったように
海の響きや 去った日の薫りをたなびかせて
通り過ぎてゆく
昔 幼子の姿をしていたものに
横顔だけを見せて
そうして もう願っても戻らないものを
ただ繰り返し見送る 取り残された心には
安らかだった 遠い夏の日の思い出ばかりが
さざ波のように寄せている