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スレッドNo.1872

文学の糸  三浦志郎  4/7

私は眠る時本を読む

一ページ読んだくらいでたちまち眠れる
栞を入れ忘れ翌日困ることが多い

今 読んでいるのは―
直木賞作品だがすでに絶版
文庫 一九七八年十月二十五日 第一刷
最後のページに鉛筆で
「百円」
著者は今年亡くなられた
著名だった


その日は日曜日なのに朝から雨だった。急に思い出した。
町の文学館が今日を以って閉館するのを。老朽化の為に
改築するという。四年間の長い閉鎖。今、私が読んでい
る作家の追悼展も行われている。雨の中、難儀なことだ
が、どちらも今日が最終日だ。今日を措いて他日はない。
私は行かねばならなかった。その文庫本を持って出かけ
た。雨が勢いを増したようだった。


その文学館
瀟洒で由緒ある洋館をそのまま用いている
木の雰囲気が展示を優しく包む
この地に根づいた文学の姿と時間
去来した作家たち 詩人たち

それらに囲まれ
ひっそり息をするように
その人の追悼展示があった
経歴と写真と著作が並ぶ
窓からは美しい庭園が見え
視界は海へと続くはずだった
しかし 今日は雨に煙ったままだ


「あっ!」―静寂の中

私は場違いな声を出してしまった
近くにいた若い女性が驚く

生原稿である

*(京の醍醐寺に預けられていた今若が、異母兄頼朝の旗揚げをきいて……)


別に生原稿に驚くことはない。しかし、それは私が今読ん
でいる小説冒頭の肉筆ではないか。得がたい偶然である。
訂正や書き込みはあまりなく、比較的きれいな原稿だ。
筆跡は女流らしく、ゆったりと優しい。原稿用紙一枚分が、
私が読んだ時の気分と重なる。(昔はこうして一枚一枚手
書きしたのだ)。ごく当たり前のことに、私は妙に感動し
てしまった。原稿とその人の肖像が私の中で重なる。


今日 時空を越えて
手書きで届けてくれたのだ
贈り物となって 今 私の手許にある
この活字の故郷がこの原稿
畏れながら
著者と私とは
文学の糸で繋がっていたのだ

そう思いたかった

去り際のはからいのように
仲立ちをしてくれたのが
文学館
今日を以って閉じるのだ
この場所と私とは
文学の糸で繋がっていたのだ

そう思いたかった


いつしか優しい降りになった
雨に送られる
文学者も
文学館も

雨のベールで
自らを包み閉じるのだった
モノクロームに
淡く色を添えたような
最後の装いが
私の中で残像となった

(今日は雨でよかったのだ)

そう思った



                       *永井路子著「炎環(えんかん)」所収第一作目「悪禅師」の
                        冒頭部分。この作品集は再評価を受け新装版で復刊した。

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