眠る種 荻座利守
一粒の種がある
黒く硬い
種皮に包まれた種が
いま深く深く
眠っていた
眠る種は
種であると同時に
時間でもあった
硬い種皮に包まれた
結晶化された
時であった
それ故眠る種は
遠い記憶の海を
漂っていた
種がもし
人の言葉を解したならば
己が種という名で
呼ばれることを
頑なに拒んだであろう
何故なら
種は種であると同時に
芽であり
根であり
葉であり
茎であり
花であり
実でもあるから
それら全ての形相が
結晶化された
時の内に刻まれていて
黒く硬い種皮の
内側に湛えられた
遠い記憶の海を以て
種という名による限定を
超脱していた
だが種は
人の言葉を知らず
いまはただ深く深く
眠るのみであった
そして
その内に秘められた
時の深みが
無辺なる質料の世界へ
遥かなる無限の未来へと
投射される日を
寡黙に待ち続けている