傘 江里川 丘砥
苦しまぎれに
石を投げた
空に当たって砕けた
雨が降って
ぼくも泣いた
きみは傘を差しだしてくれた
ぼくには手にとる力もなかった
きみはそのまま泣かせてくれた
倒れたままで
体が乾いた
ぼくはそろそろと立って
きみを見つめた
だんだんと透けていくきみは
背中から空へのぼり
微笑んで
消えていった
残されたのは傘
緑色のふちどりがある白地に
テニスボールほどの水色の水玉が
散りばめられた
パステルカラーの傘
ぼくににっこりと微笑みながら
この傘をくれたきみは
あれからどこへ行ったのだろう
ぼくは雨が降るたび
この傘を持って出かける
水玉のひとつひとつに
ぽん ぽん ぽんと
きみが笑っている
ボン ボン ボンと
打ちつける雨は
きみが登場するファンファーレを
弾むように鳴らすのに
きみはどこにも現れない
傘を取りにも
ぼくに笑いかけにも
訪れない
ぼくはわざと
傘を忘れて
雨に濡れた
きみに会えなくて
苦しまぎれに
空に石を投げた
石は空に吸い込まれ
二度と落ちてはこなかった
そうか きみも
空に吸い込まれたんだ
あの日
ぼくを濡らした雨ごと
空になって
ぼくが投げる苦しみも
落ちる涙も
全部吸い込んでしまうんだ
だからきみは傘をくれた
空になるきみに
傘は必要なくなるから
ぼくもいつか
空になるよ
誰かのかなしみをつれて
空に吸い込まれるよ
そして
この傘を渡す
一人ぼっちで
泣き崩れる
あの日の
ぼくのような人に