櫃 妻咲邦香
何もない場所に道を作ると
それが遠回りだとわかっていても
皆そこを必ず通る
名前のある者はどれも等しく貧しい
まるで美なるものは臓腑でしかないとでも言いたげに
貧しい
だから頭を垂れ、深い穴の奥にて暮らす
饗しをするように物事を言い切る
長い時間かけて煮込んだ鍋の中
佇む私
ずっとひとりで
痛みも引かないで
それでも、美しい時もある
美しい人もいる
私がいたことを忘れてしまう人もいて
大海の渦の中、ただ一つ例外でいることは
確実に忘れ去られることでもある
ならばその方が良いと
今日の飯を茶碗によそう
貧しい僅かばかりの糧
その中で卑しく天を見上げると
かつて想いを寄せた人
ひとり
ずっとひとり
もしかして貴方の想像した通りの人?
かもしれないね、なんてひとしきり笑いながら
よそう
こぼさないように
よそう
食べ過ぎぬよう
よそう
丁寧に
二杯目の分もちゃんと残して
よそう
口に入るものは
例外なく美しいのに