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スレッドNo.209

旅人の音楽  もりた りの

その旅人はギターを片手に旅をした
ある日ある王国にたどり着いた

そこは音楽のない国だった
鳥のさえずりは音楽ではなかった
虫の鳴き声も
風のそよぎも
泉の溢れる音も  
ただの記号だった
事象を認識するための

旅人はいつものように
街角で音楽を奏でた
人々にはただの記号でしかなかった
彼らはこの記号を読み取ろうとした
その意味が分からずにいた
音を鳴らしている理由が分からなかった
 
そこに王さまが通りかかった
しばらく旅人の音楽を聞いたあと
家来にその者を捕らえるよう命じ
地中深くの牢屋に閉じ込めた
最も残忍な犯罪を行った罪人の牢屋に
旅人の音楽が誰にも届かないくらい
深く暗く湿った地中深く
音楽が地上に届かない牢屋に

ある日王さまはみなが寝静まった夜
たったひとりで旅人の牢屋にあらわれた
音楽とやらを奏でるように旅人に命じた
旅人はおどろいた
しかし王さまは笑顔でうながした

生れ育った故郷を想う音楽を奏でた
王さまは耳を奪われた
共に戦った友を想う音楽を奏でた
王さまを視覚を奪われた
なくなった両親を想う音楽を奏でた
王さまは思考を奪われた
昔の恋人を想う音楽を奏でた
王さまは心を奪われた
見えない空を想う音楽を奏でた
王さまはすべてが奪われた

王さまは目を閉じて音楽に聞き入り
涙がとめどなく流れた
笑顔で旅人を見つめ
旅人に手を差し伸べ
とても長く力のこもった握手をした

次の日王さまは家来に命じた
旅人のギターを破壊せよ
旅人の声を破壊せよ
そして旅人を海の向こうに流せと

王さまは恐れていた 
いずれ旅人の音楽が
自らの地位を脅かす日がくることを
音楽が世界を脅かす日がくることを

編集・削除(編集済: 2022年07月06日 00:47)

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