旅人の音楽 もりた りの
その旅人はギターを片手に旅をした
ある日ある王国にたどり着いた
そこは音楽のない国だった
鳥のさえずりは音楽ではなかった
虫の鳴き声も
風のそよぎも
泉の溢れる音も
ただの記号だった
事象を認識するための
旅人はいつものように
街角で音楽を奏でた
人々にはただの記号でしかなかった
彼らはこの記号を読み取ろうとした
その意味が分からずにいた
音を鳴らしている理由が分からなかった
そこに王さまが通りかかった
しばらく旅人の音楽を聞いたあと
家来にその者を捕らえるよう命じ
地中深くの牢屋に閉じ込めた
最も残忍な犯罪を行った罪人の牢屋に
旅人の音楽が誰にも届かないくらい
深く暗く湿った地中深く
音楽が地上に届かない牢屋に
ある日王さまはみなが寝静まった夜
たったひとりで旅人の牢屋にあらわれた
音楽とやらを奏でるように旅人に命じた
旅人はおどろいた
しかし王さまは笑顔でうながした
生れ育った故郷を想う音楽を奏でた
王さまは耳を奪われた
共に戦った友を想う音楽を奏でた
王さまを視覚を奪われた
なくなった両親を想う音楽を奏でた
王さまは思考を奪われた
昔の恋人を想う音楽を奏でた
王さまは心を奪われた
見えない空を想う音楽を奏でた
王さまはすべてが奪われた
王さまは目を閉じて音楽に聞き入り
涙がとめどなく流れた
笑顔で旅人を見つめ
旅人に手を差し伸べ
とても長く力のこもった握手をした
次の日王さまは家来に命じた
旅人のギターを破壊せよ
旅人の声を破壊せよ
そして旅人を海の向こうに流せと
王さまは恐れていた
いずれ旅人の音楽が
自らの地位を脅かす日がくることを
音楽が世界を脅かす日がくることを