老人とピアノ エイジ
その老人は
どこからともなくやって来て
小さな部屋の
ピアノの前にそっと座った
そしておもむろにピアノを奏で始めた
言葉では容易に形容できない
とても優しい旋律だった
そして転調して徐々に
旋律は次の展開に入ってゆく
やがて私は彼の弾くピアノ曲が
無上の喜びをたたえた旋律を
紡ぎだすのに気が付いた
その時老人は身体に
明るいアウラを纏っていた
この世界のものとは思えぬ
アウラで光り輝いていた
彼はまさに
どこか違う世界で生成された
彼の中に沸き起こるメロディーを
この地上で奏でるシャーマンとなった
目には見えない
けれど確かに存在するピアノの音
その音色は
遠くの世界の扉を開く鍵となり
老人は遠くの世界と
地上との媒介となり
ピアノの前で崇高に輝く
彼はもう知っているのだ
自分の肉体がもう間もなく
滅びてしまうと
桜の蕾が膨らんでいるのが
窓から見え 風に揺れている
彼は知っているのだ
もう一刻の猶予もないと
やがて彼はその
小さなピアノ曲を弾き終わった
最後の一音まで弾き終えた時
その手つきは柔らかで
指はそっと鍵盤に添えられていた
彼は全て終わったと言うように
ピアノに座ったままで
天を仰いだ
部屋に置かれたピアノから
まだ余韻の音が鳴っているようだ
部屋の時間は
静かに厳かに流れていた