言葉などいらない 朝霧綾め
言葉などいらない
散歩をしに外に出る
雨上がりの空
かすかに揺れる風見鶏
どこかの家から聞こえる
昼食をつくる音
しめったアスファルトの匂い
子供たちの遊ぶ声
空では少しずつ
晴れ間が広がっていく
水たまりに映った木々を見て思う
言葉などいらない
大切なことはみな
ずっと前から
語り尽くされていた
今更私がつけ加えることなど
もうない
無言のまま
雲がのこる青空に手をのばす
太陽で少し影になった 自分の手を
見上げるようにする
私と同じ気持ちを抱き
私と同じように
こうして空に手をのばした人だって
数えきれないほど たくさんいたのだ
私が語らずとも
ずっと昔の人々が
私よりもっと知的で美しい言葉で
書き残してくれた
だからもう十分だ
言葉などいらない
そうして家に帰った
自分が取るに足らない存在である
ということに
安心感さえ覚えた 日曜の午後
でも私は家に帰ってから
この出来事を詩にしてしまった
けれど また気が付いた
その小さな罪をも
ゆるしてくれそうな寛容さで
世界は存在しているということに