消えた人参 理蝶
放課後はいつも決まってウサギ小屋に行くんだ
風見鶏のついた立派な小屋だ
あたりは次第に暗くなって
小屋の中はあたりより一層濃く暗くなって
目を凝らさなければ君達を見つけられない
ぼくは家からこっそり持ってきた人参を
網の隙間から差し出す
すると溢れそうなほど大きな黒目を
爛々と光らせて君達はやってくる
口を忙しなく動かして人参を懸命に食べる
職員室にある古いコピー機みたいに
少しずつ少しずつ人参は
君達の口の中へ吸い込まれてゆく
夕飯のカレーは人参が少ないかもな
でもいいんだ ぼくはあんまり人参が好きじゃないから
お母さんにはきっとバレちゃいないさ
君達とぼくの秘密の7時間目だ
やがて無邪気な少年は大人になり
思い出はセピアになる
時は降り積もる 学校という場所には尚更
僕は久しぶりに学校を訪れる
生憎の雨だがウサギ小屋へ向かう
もう今はウサギは飼っていないそうだ
時代だ、知らない先生はそういった
今あるのはただの暗がりで
あの何かが潜んでいるような
背筋をくすぐるようなムードはそこにない
雨がしとしと降っている
きっとこの辺りはどこも雨降りなのに
今ここに降る雨はなぜこんなにも寂しいのか
スーパーで買ってきた人参は
いつまでもポケットの中
試しに網に差し出してみたが
網を伝った雫がただ人参を濡らすだけだ
君達はもういない
ぼくももういない
雨は降り続いている
風見鶏が泣いている気がした
気のせいだろうか