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スレッドNo.2149

泉  秋さやか

鎖骨の窪みに溜めた
淋しさにそつと触れる

ああまた濡れてゐる

拭つても拭つても
あの日の泉が
しづかに溢れてくるので
少しだけ爪を立ててみる

これはもう夢ではない
夢よりもあいまいな白昼

揺り椅子が軋む
からだの節々が痛い

ふたりで腰掛けた切り株の
年輪はどのくらいだつたかしら
もう同じくらい生きたかしら

ちひさな磨硝子の窓を
見つめながら
その向かふに何があつたかも思ひ出せず

覚えてゐるのはただ
ただ

水鏡を刻々と満たしてゆく万緑
そこから逃げ出したわたし

なにも語らないあなたの視線が
語り続けるわたしの言葉から
醜さを見つけてしまひさうで

月も星もない夜
森を抜ける風とともに
逃げ出した

永遠のやうに感じる一瞬は
たしかにあつたけれど

積み重ねてゆく時間に
永遠はかなはなくて

あなたがゐないことよりも
あなたがゐなくても
平気になつてゆくことが
悲しかつた

沈んでいつたいくつもの永遠へ
潜つてゆくたび
掴みそこね
手はこんなにも乾涸びてゐる

選ばなかつた世界は
魚たちの夢のなか

もう届かない
もう戻れない

降らなかつた雨
昇らなかった月
吠えなかつた狼

どこにゐれば良かつたのだらう

いつからか繋がつてしまつた
からだと揺り椅子と窓を

いつせいに軋ませる
風よ
もう吹かないで

いいえ
ずつと吹いてゐて

さうして時間の余白を
広げて広げて

その果てで
とぢられた眼裏は
緑青色の森をたゆたふ

奥深く

みづおとのあひまから
途切れ 途切れ 聞こえる
懐かしい声

ああさうだ
ずつとここにゐたのだと

あの日の私たちは
輝きながら
泉のなかへ消えていつた

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