いい夢 朝霧綾め
いい夢をみた
けれど どんな夢なのだっけ
それが思い出せない
いい夢をみたということだけ覚えている
目が覚めて
顔を洗い
服に着替えて
靴を履く
時間がない朝にばたばたと
足音を立てて
朝ごはんを食べて
歯を磨き
靴を履いたら
家を出る
現実の世界で一歩私が歩くたび
夢の世界からは一歩遠ざかっていく
どんな夢なのだっけ
何かの拍子に思い出せるかな
電車に揺られながら考える
けれど思い出せない
覚えているのは
ただいい夢をみたということだけ
目覚めたときのぼんやりとした心地よさが
思案に変わる
さらに思い出せないかすかにいらだちに
変わってしまいそうなのを
そっと押しとどめ
思い出そうとすることをあきらめる
思考は現実へ
今日やるべきたくさんのことを
数え上げながら
窓の外の高層ビルに視線を向ける
電車を降りてまた歩き出す
それでも
いい夢をみた
そのことだけは覚えている
帰り道 同じ駅を通って家へと向かう
夢から遠ざかっていった朝
夢へと近づいていく夕方
家に帰る頃には
いい夢をみたということさえ
もう忘れている
思い出すより早く
また別の夢をみる
もっといい夢をみるかもしれない
そうして忘れてしまう
遠ざかっては近づいていく
ぼんやりとした心地よさを
胸に残して