小さな花 江里川 丘砥
深層心理の奥深くを掘り返し
暴いてしまうような
ディープな話をしたあとは
どっと疲れる
歩みも遅くなる
長い長い精神科の廊下
開け放たれた窓の外
小さな花が咲いている
誰にも踏まれないでくれよ
きみはあの日の私だから
誰も踏まないでくれよ
小さいからって
踏みにじっていい存在など
この世にはいないのだから
どれだけ精神の奥深くに潜ろうと
時を遡り過去を思い出そうと
一度(ひとたび)カウンセリングルームを出れば
それはもう昔の話
今の私は
あの頃のボロボロに踏まれた花ではない
そう言い聞かせるように
深呼吸をしながら
長い廊下を歩く
心臓がいつもより早く打ち
過去に引き戻されそうになるけれど
長く深く息を吐く
お臍の下に意識を集中して
少し止める
大きくゆっくりと息を吸う
また少し止める
繰り返す
待合室の椅子に座り
診察に呼ばれるのを待つ
私はもう
踏みにじられた
小さな花ではない
なんとか飛ばした種は風に乗り
安心できる場所を見つけ
芽を出した
小さな花であることは
変わりないけれど
無邪気に手折られたり
踏み歩かれたりしないように
咲く場所を選ぶことが
少しだけできるようになった
大雨に打たれ
倒れても
凍るような季節に
花が落ちても
自然の流れのなかで
咲いては枯れ
種を落とし
根を張る
繰り返す
私らしい咲き方を
覚えていくように
私はもう
踏みにじられた
小さな花ではない
あの頃の私は
心の中にいるけれど
昔よりも少しだけ
安心できるようになった
小さな花のままで
ゆらゆらと
風に守られながら
雨に恵まれながら
根を広げながら
種を飛ばしては
生きる場所を広げている
診察に呼ばれる声がした
半分開いた窓から入る
温かい光と風
廊下の窓から見えた
あの小さな花にも
どうか届いていますように