夢の遡行 上田一眞
淡いあじさい色の薄明の時
微睡んだ夢を夢の中に遡る
古い涸れ井戸のそば
紅々と実る梅桃(ゆすら)の実を食らいながら
墓石の顔をした〈あいつ〉は
犬のように表れて
クレヨン持って立っている
もはや10年余の歳月が流れた
あのとき
ぬばたまの黒い闇から生まれ出た
狼に魂を食い破られ
その衝撃で
ぼくの眼は一切の色彩を失った
モノクロの世界に転落した
今もなお
魂の快復はならなくて
依然〈あいつ〉の妄想に追われている
病葉(わくらば)からの
解放への道は遠く霞んでいる
窓硝子のヤモリの姿に怯える幼き日々
シカトされた傷だらけの青春
突然の母の死 そして離郷
あざみの継母の冗漫なわらい
天才気質どんま型と呼ばれた不良学生
欠陥だらけのサラリーマン生活
あげくに手酷い部下の裏切り
今はもう
白い闇覆う故郷を離れてはいるが
茨の会社を辞めていもするが
ぼくが
ぼくであることの確かさを知るために
夢の只中で
失意や呪いを洗い替え
魂の漂白に希望を託す日々
老残のこころの空洞に鬱の音を聞きながら
改めて
歳月の重みと己の重みに思いを致す
微睡みの中
無色の空洞で
未だ〈あいつ〉に侵される
この現実に
ぼくの背負ったものの質量と
喪失したものの大きさを思い知る