懐かしき柴又 小林大鬼
はとバスツアーの終点の
柴又に近づくに連れて
父はぽつりぽつりと語り始めた
四十年前に研修旅行で
仲間と来たのが柴又だったと
小さな稲荷もある駐車場の脇の
老舗の鰻屋で食べたことがあると
黄色いバスを降りて
料亭みたいな中庭のある
懐かしき鰻屋を素通りして
寅さんが愛した
江戸の下町風情が残る
真っ直ぐな参道をそぞろ歩き
古めかしい箱庭の盆栽のような
柴又帝釈天にお参りして
寅さんの実家の
ロケ地を探しながら
草だんこを頬張り
最後に思い出の鰻屋に集まり
小さな鰻重を皆で味わう
二百五十年も続く伝統の味
二階から見えるのは
昔ながらの粋な横丁の町並み
男はつらいよ
恥ずかしながら
父も私も見ていない
蒸し暑い夏の日差しに蝉の声
鳴り響く下駄と風鈴の音が
父の記憶に木霊する