稜線 妻咲邦香
幌馬車にゆられ
ぽつんと大地に置かれた
幌馬車にゆられ
何処でもない場所に産み落とされた
幌馬車の上で巡りあう人々
出会いと同時に別れの挨拶もした
私の靴音が誰かの手に触れ
いつか大地の琴線を弾く
私に仕事を与えてください
信じることで美しくなれるよう
切り立った稜線を白い翼の渡る
それを捕まえたくて子供らは思わず駆け出す
私たちはよく手入れされた汚物の上に暮らし
絶えず注がれる不思議さに
忙しなく首を傾げる
そうやって気付かぬうちに習慣を増やした
幌馬車にゆられ
人はいつまでも赤子のままで
幌馬車にゆられ
話し足りない話題を抱え
実った果実を見ることもなく立ち去る
それは風のようでもあり
私もいつかそうなれるのだろうかと
訝しみながらも幌馬車は進む
あらゆる分別を愛しさにかえて
景色は私の宝です
それしか私は持ち得ません
出会った事実を不穏な言葉で飾らぬためにも
私はあなたを忘れます
幌馬車ははしる
懐かしい荒野の上を
幌馬車ははしる
既に歩ける赤子を乗せて
鳥のからかう声にもめげず
悪に屈した神をも赦しながら
走る、はしる
車輪は既に外れかけ
紫陽花の祝福もじきに終わる
私が見えなくなるまで待つ必要はありませんし
また私もそうしないと決めております
苦い飲み物の思いの外美味であったことなど
思い出しながら、幌馬車は進む
稜線を渡る翼が
今度は向きを変えて
はじめまして
お目にかかれて光栄です
本日は大変お日柄も良く
どちらまでお出かけですか?