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スレッドNo.2768

天井のしずく  江里川 丘砥

風呂場の天井から
冷たいしずくが
落ちてくるたび
亡くなったねこの仕業じゃないかと思うんだ

まだきみが生きていたある日
風呂場の天井にのぼった湯気が
いくつものしずくをつくっていた
しずくがつくる線が
偶然にもねこの形を描いていたから
ぼくは
こんなところにもきみがいるとはしゃいで
天井のねこを
きみの名前で呼んでいた

きみは亡くなり
天井のねこもいなくなったけれど
背中に冷たいしずくが当たるたび
きみを思い出す
きみがわざと落としているんじゃないかと
思えてならないんだ

十八年も一緒に暮らしたのに
近頃じゃ次に来たねこのことばっかりで
忘れられたと思ったきみが
わたしのことはって
言っている気がするんだ
そうだろう
違うかい

きみは水が大嫌いだったね
お風呂で洗おうとするたびに
盛大な威嚇と引っ掻き傷をお見舞いされた
だけれども
普段あんなにも強気だったきみが
濡れてほっそりとして
心許ない顔で毛づくろいをする姿は
申し訳ないけれど
とても
愛おしかったよ

知っているかな
きみの次に来たねこは
一緒にお風呂に入るんだ
水はまだ苦手だけれど
畳んだ風呂蓋の上にタオルを敷いて
香箱座りのままウトウトしている
そして
湯気を浴びながら
だんだんと姿勢も崩れて
しまいにはすっかり眠りこけているんだよ
きみには信じられないだろうな
そして時々
きみに上からしずくを落とされて
目を覚ましているよ

ぼくは
しずくが落ちてくるたび
きみの名前を呼ぶんだ
やめてよって
軽い調子で文句を言うんだ
それを聞いてきみは
あの頃のように目を細め
ぼくを見ているんだろうな

だって今のねこも
時々上の方を見ては
目を細めて
ねこの挨拶をしているもの

亡くなってから十年
今は違うねこと暮らしているけれど
ぼくはきみを
忘れたりなんかしないよ
だけど
天井からしずくを落とすのは
やめないでほしい
きみの名前を呼んでいたい
きみに向かって呼んでいたい
やめてよって
軽い調子で
きみに話しかけていたいから

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