天井のしずく 江里川 丘砥
風呂場の天井から
冷たいしずくが
落ちてくるたび
亡くなったねこの仕業じゃないかと思うんだ
まだきみが生きていたある日
風呂場の天井にのぼった湯気が
いくつものしずくをつくっていた
しずくがつくる線が
偶然にもねこの形を描いていたから
ぼくは
こんなところにもきみがいるとはしゃいで
天井のねこを
きみの名前で呼んでいた
きみは亡くなり
天井のねこもいなくなったけれど
背中に冷たいしずくが当たるたび
きみを思い出す
きみがわざと落としているんじゃないかと
思えてならないんだ
十八年も一緒に暮らしたのに
近頃じゃ次に来たねこのことばっかりで
忘れられたと思ったきみが
わたしのことはって
言っている気がするんだ
そうだろう
違うかい
きみは水が大嫌いだったね
お風呂で洗おうとするたびに
盛大な威嚇と引っ掻き傷をお見舞いされた
だけれども
普段あんなにも強気だったきみが
濡れてほっそりとして
心許ない顔で毛づくろいをする姿は
申し訳ないけれど
とても
愛おしかったよ
知っているかな
きみの次に来たねこは
一緒にお風呂に入るんだ
水はまだ苦手だけれど
畳んだ風呂蓋の上にタオルを敷いて
香箱座りのままウトウトしている
そして
湯気を浴びながら
だんだんと姿勢も崩れて
しまいにはすっかり眠りこけているんだよ
きみには信じられないだろうな
そして時々
きみに上からしずくを落とされて
目を覚ましているよ
ぼくは
しずくが落ちてくるたび
きみの名前を呼ぶんだ
やめてよって
軽い調子で文句を言うんだ
それを聞いてきみは
あの頃のように目を細め
ぼくを見ているんだろうな
だって今のねこも
時々上の方を見ては
目を細めて
ねこの挨拶をしているもの
亡くなってから十年
今は違うねこと暮らしているけれど
ぼくはきみを
忘れたりなんかしないよ
だけど
天井からしずくを落とすのは
やめないでほしい
きみの名前を呼んでいたい
きみに向かって呼んでいたい
やめてよって
軽い調子で
きみに話しかけていたいから