私とマドリ 妻咲邦香
理由もなく濡れるのが嫌で
だから雨が嫌い
蔑まれてでも私を救ってくれた
その人から逃げ出して
遠い軒の下
晴れ間を待っている
だから世界に雨が降る
だから世界は濡れたがる
今日の雨宿りを忘れてしまうなら
これ以上大事なものはもう出て来ないだろう
今日の雨宿りに名前があったなら
二人にしかわからないあだ名で呼び合いたい
隣に立っている見知らぬ人と
今にも駆け出して行きそうな人と
最後まで残るつもりの私と
でも私にしかわからないもう一人の名前が
そこにある
濡れながら飛び出していった人を
黙って見ていた
アマヤドリ、お前も見てただろう
ようやく小雨になって空を見上げた私が
意を決して歩き出した
その後ろ姿を見送って、お前は存在の意味を失って
消えた
何の出会いも物語も産み出さぬままに
だけどアマヤドリ
アマドリ
マドリ
お前にだけは出会えた
夕刻を知らせるチャイムが鳴って
私がいつか思い出すのは
今日の雨宿りではないのかもしれない
先に駆けていったあの人こそが
もしかして
お前を思い出すのかもしれない
明日私が風邪でもひいたというのなら
そして熱でも出して寝込んだというのなら
お前は私の中でひょっとしたら
いつまでも、そこに暮らして
理由もなくすれ違うのが好きで
遊びながら生きている
時にはどちらかを傷付けながら
海の上にも雨が降る
受け止める人がそこに誰もいなくても
濡れることすら意に介さぬ鳥がいたとしても
それでも世界に雨は降る
それでも世界は美しい
と言いたい