おばあちゃんの手 上田一眞
時が濾過したひかりの中で
うわ言のように唄い
眠りの内に
蝶々と遊んでいるおばあちゃん
小春日和の陽だまりの中
目覚めの時間は短いが
僅かな覚醒のときを見つけ
…ぼくのお嫁さんを連れてきたよ
と話しかける
おばあちゃんは
慈愛の目で彼女を見つめ
そして〈手のくるぶし〉をさすりながら
ぼくの〈手のくるぶし〉の出っ張りを指さして
私と同じ
私と同じ
私と同じ
と嬉しそうに
僅かに涙ぐみ
何度も何度も繰り返す
幼くして母を亡くしたぼくたち兄妹を
おばあちゃんは深い情愛で包んでくれた
時の流れに逆らえぬとしても
どうしてぼくらから死神は
大切な大切なものを奪って行くのだろう
肉親を亡くすことが
〈成熟〉するための条件だとしたら
ぼくは大人になどならなくてよかったのだ
母を亡くし
おばあちゃんのいまわの際もほど近い
幼い日
母と一緒に訪れたこの家で
ようきた
ようきた
ようきた
と優しく迎えてくれたおばあちゃんの姿が
水晶のような輝きを増す
そして
愛惜の涙にくれ
ぼくはひたすら真っすぐに
おばあちゃんの〈手のくるぶし〉を見続ける