私は人魚姫 紫陽花
今はまだ この不自由な足が生えてる
特に近頃は左足が動かない
よっこらよっこら 一生懸命掛け声かけて
左足を引きずる
これが水の中ならすいすい動けるのに
どうやら私は人間になる前の魚に戻っていってるようだ
ああ、鉛のように左足が重い
その上 空気が刺さるようにまとわりついてる
ある朝目覚めると、あら右足までパンパンに腫れている
こうなると今日は一歩も歩けない
慌てた家族に病院に連れていかれる
お医者さんは、微笑んで「水が溜まってるだけですよ、このテープを
巻いて様子をみましょう」なんて優しく言ったけど
そんなテープに意味なんてない
これは私が魚に戻っている途中経過
きっと、先生も分かってる
この前 はっきり気づいたのは お風呂の中
浴室まで、ズルズルと足を引きずり
まずは右半身を浴槽によっこらしょ
次にほとんど動かない左足を浴槽の縁にかけて
なんとか左手で左足を少し持ち上げて
ジャボーン!
体全体を水が優しく包み込む
ああ!なんて自由 なんて天国
あの息苦しい空気から解放されて
両足をふうわりと水の中で浮かす
もう、このまま泳げそうなくらい
いつもの顰め面が、これ以上ないほど緩む
今は、まるで聖女の微笑み
やっぱりまずは、可哀そうな左足
いや 左の尾びれをさする
よしよし 今までたくさん歩いたね 頑張ったね
水が溜まって少し透明がかった薄赤い足は水の中で
それは本当の尾びれのようにユラユラ
あの意地悪な空気達と違って水達はビロードのように
滑らかに私の尾びれを撫でる
早く帰っておいで そんな声が聞こえる
そろそろ私の地上の生活も終わり
私は人魚姫になる