妄想が現実に膠着する日常にて 積 緋露雪
妄想が現実に膠着する日常にて
ウクライナではロシアが侵攻し、
イスラエルではハマスと戦闘状態で、
第五次中東戦争が
雪崩を打って始まるのではないかと世界が息を呑み、
そこで民主主義国家といわれる欧米の
Double Standardが露はになり
この大いなる矛盾に世界の民は懊悩す。
自然もまた、人間の妄想だったものが
大災害といふしっぺ返しで現実となり、
これまた、人類は懊悩す。
いづれを見ても矛盾が大地震の後に現れる
巨大断層の如くに噴き出してゐる。
嘗て吾は「矛盾は豊潤」といふ詩を書いたことがあるが、
豊潤どころかどろどろに熔けた人間の業のマグマを見るやう。
とはいへ、果たせる哉、矛盾は弥縫さへしてでも解決するべきなのか、
と、それこそ人間の思ひ上がりに過ぎぬと思ふ。
日常は迅速な人間の脳の速度で進むのではなく、
あくまでも、花鳥風月の趣ある悠久の流れで進むのが正しい。
然し乍ら、せっかちな人間は光速度ととても親和性がある
脳内の速度で世界も進むべしと、
電脳を作り、
生成AIで脳より大量の情報処理をして
脳の創作と見紛ふかそれ以上の創作物を
これまた、瞬時に大量に作り出してゐる現実は、
正しく妄想が現実に膠着した日常に生きることを人類に迫ってゐる。
そこにはあれかこれかの選択の余地は最早なく、
現実について行くか脱落するかの瀬戸際に追ひ込まれてゐる。
今宵は雨降る秋の夜長。
ビュービュー秋風が吹いてゐる。
雨戸に打ち付ける雨音は
これから訪れる悲惨な未来の黙示録か。
それとも……。