カモミールの白い花に寄せて 久遠恭子
ひと言話しては無口になって
沈黙が怖くて無理に話しかける
搬送されたのは救急病院で
怪我で言葉を話せなくなった父に
何を話しかけたらいいのか分からなかった
母はこれからどうなるのかと心配していて私は口籠るしか出来なかった
数週間が過ぎて病院に行く道すがら
カモミールの白い花が一輪だけ街路の片隅に咲いていた
私はそれを手折って父の鼻先に近付けたらニコニコと笑ってその匂いを嗅いでくれた
父に対していい思い出ばかりではなかったけれど
動けなくなった父を見て
全て許そうと思った
ある日の早朝家で寝ていると
電話のベルが鳴って病院に呼び出された
危篤ですと言う
けれど病室で父は息を吹き返し私に指先でよく来たなと挨拶した
なあんだと思っていたけど
家族が集まって皆んなが見守る中
父は息を引き取った
とても我儘な父だったけど
亡くなって十年近くなった今でも
あの時のニコニコした笑顔は忘れない
お父さんありがとうね