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スレッドNo.291

樹木の名前  Osada


森で弦楽器を爪弾いても
私は樹木の名前を知らないから
旋律は湖面を反射する光に
砕かれてしまう

山麓に歌声を響かせても
樹木が名前を告げてくれないから
コトバは青空の向こうへ
消え去ってしまう

樹木はいつだって
樹木だけれど
私は名前が
知りたいのです

待ち焦がれた
七月の祝祭の日
恋人の胸に飛び込むように
私は森へと
一目散に駆けて行く

森では樹々のそこかしこで
夏の子ども達が忙しく水を運び
葉叢の奥の暗がりから
木霊達が恥ずかしそうに
顔を覗かせている

呼びかけると
樹木の名前を告げないまま
夏の子ども達は
たちまち露の玉になって
葉っぱから転がり落ちてしまう

見つめると
樹木の名前を告げないまま
木霊達は葉叢の奥に
さっと引っ込んで
森は星空のように静まり返ってしまう

仕方がないから
私は草むらの間に寝転んで
山麓から伝わって来る
微かな風鳴りの音を聴いていると

森はやがて眩い光の海に変わり
見渡す限りの大海原の向こうから
賑やかな楽隊のパレードがやって来た

夏の子ども達が踊りながら
海の上のパレードに付いて来る
木霊達は翅の生えた魚になって
入道雲から飛び降りて海を泳ぎ
口から大きなあぶくを吐き出してゆく

たくさんのカラフルなあぶくが
大海原をぷかぷか漂いながら
みんなバラバラに弾けていって
中から夥しい数の
樹木の名前が飛び出して来た

私が目覚めてしまったのは
働き蟻が耳の穴に迷い込んで来たから
夢の中の樹木の名前は
忙しく働く蟻達に変わってしまった

樹木はいつだって
樹木だけれど
名前は今も
謎のままなんです

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