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スレッドNo.2983

ある通信兵の戦い  上田一眞

彼は僕の釣りの師匠だ
額の右側が深く抉れ陥没していた
人相を変えるほどの傷
ある時
釣り糸を垂れながら
傷の来由と自分の戦いについて
訥々と語った

 *

自分は
空母隼鷹(じゅんよう)の通信兵だった
マリアナ沖へ出撃
米機の来襲を受けた
艦橋近辺にいた自分は
深手を負い 
爆発の衝撃で海に投げ出された

敵機の空襲と同時に
潜水艦の雷撃を受けた
魚雷が自分のそばを走り抜けて行った
隼鷹を守る味方駆逐艦が
反撃した

海に浮かぶ自分の周りを
ぐるぐる回って
駆逐艦は爆雷をどんどん投下した
その衝撃は凄まじく
海の中
海水が風呂釜の湯のように沸いた

自分は沈まないように
必死になって浮遊物に掴まった
しかし
額の裂傷は深く
時間が経つにつれ失血で気を失った

気がつくと
駆逐艦の甲板に横たわっていた
救ってくれたのは 
自分と同じ通信兵で
後年プロレスで名を売った男だった

隼鷹の僚艦飛鷹(ひよう)も敵機に襲われ
ボロボロになって
火炎を噴き上げて大破した

隼鷹の沈没は免れたが
数多の兵士が海に投げ出された
長い時間漂流し
力尽きて海中深くのみ込まれ
マリアナの深海に沈んで行った者
獰猛な鱶(ふか)に食われた者
地獄だった

死線を分けたものが何だったのか
自分にも分からない
ただ運がよかっただけだ

 *

静かに語り終えると
彼は「海ゆかば」を口ずさんだ

 海ゆかば水漬く屍
 山ゆかば草むす屍
 おおきみの辺(へ)にこそ死なめ
 顧みはせじ



*隼鷹 帝国海軍の中型改造空母 27500トン
 飛鷹 隼鷹の姉妹艦    

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