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スレッドNo.3007

父の戦争  上田一眞

亡き父に
戦時中一番怖かった体験は?
と聞いたことがある
〈機銃掃射〉
と即座に答えが返って来た

太平洋戦争末期
招集された父は北鮮・豆満江の任地から
済州島の要塞に移った
重砲部隊
大砲を曳く軍馬の世話が任務だった

慣れない仕事だが
馬は可愛く
世話をするのは楽しくてやり甲斐があった
馬とともに済州島の山野を巡り
温順な島の自然に親しんで
気散じすることも出来た

ある日 馬のストレス解消に
営舎の外に出たときだ

 ドッドッド
 バッバッバ

突然 敵グラマンの急襲を喰らい
十二・七ミリの焼夷徹甲弾を打ち付けられた

慌てふためき
必死になって赤松の林に隠れた
機銃掃射は繰り返し繰り返し
しつこく続いた
怖くて言葉を失った
チビリそうになった
時間の感覚を失うほどの衝撃
馬が犠牲になった
父に懐いた若い牝馬だった

その晩 
営舎で凄まじい暴力が待っていた
人の命より馬の方が大事だった

 本土から運んできた大事な軍馬を
 貴様はなぜ命がけで守らんのか
 新兵などいくらでもいるが
 馬は手に入らん

 バクン!

新潟出身の伍長に上靴ビンタを食らい
目から火が出た
古参兵にも死ぬほど殴られて
父は気絶した
そして左耳が聞こえなくなった

軍医の手当てを受けたが
終戦までの間
とうとう
左の聴力は戻らなかった



*済州(チェジュ)島 朝鮮半島の南西にある火山島 
 韓国領

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