微笑み 朝霧綾め
帰り道を歩く革靴の音が
今日はいつもより
高く響く気がして
ちょっと耳につく
風が冷たいので
カーディガンを羽織ると
ボタンが一個ずつずれていた
冷えた指先で留め直す
今朝の友だちの話
「K君って彼女できたんだって」
私はへえ、そうなんだ、と答えた
そのあとは普段みたいに
次の授業や部活のこととか話した
それだけのこと
別に何とも思ってなかった
はずなんだけど
あの人とは
去年クラスが同じで
席も近かったから
それなりに仲良くしていた
本が好き
男子にしてはうるさくない
性格もそれなりによかったような
消しゴムを忘れたとき貸してくれたっけ
なぜかそれだけ覚えている
信号待ちで目をあげると
数メートル先に
あの人がいる
隣にいるのは彼女さんか
私、あの人のこと
好きだったのかな
わからない
でも
何もしなかった
それは事実
あの人と彼女さんの数メートル後を
一定の距離を保って歩く
二人の話し声が聞こえる
話し声に笑い声もときどき混じる
聞くたびに胸がひりひりする
でも この痛みがなければ
好きだったということにも
気づかなかった
ならもうちょっとだけ
傷ついていたい
好きだった
その気持ちを
確かめていたい
二人の歩調がゆっくりになり
突然止まった
どうしたんだろう
すると二人はつつきあいながら
笑いあいながら
喫茶店の中に入っていった
なるほど
学校帰りにデートか
私は
ふっと微笑んだ