夕立 秋さやか
あらゆるひとびとの
あらゆる首を濡らしてゆく
変声期の
すこし喉仏の張り出た首も
消えかけた地図のような
静脈の浮かぶ手首も
崩れそうな肉体を
いっしんに支える足首も
嬰児に与えるための
ミルク臭い乳首さえも
夕立が
容赦なく濡らしてゆく
無防備に
息づいている私たちを
咎めるように
呼吸も
うまくできない私たちを
憐れむように
こんなにも平等に
私たちは濡れているのに
乾いていく早さが違うから
こんなにも
独りなのだろうか
いっせいに俯いて
守るべきものを守り
帰るべき場所を目指し
遠ざかるひとびと
一瞬の迷いに揺らぐ視線は
打ちつけられて
わたしはもう動けない
足元にできる水溜りを
ただ見つめる
寂しい水槽を見下ろすように
歪む水面へ
激しい雨音は吸い込まれ
底の青さから聴こえてくる
お囃子の音
あの夏の
青く寂しい水槽のなかを
とめどなく巡っていた
小さな運命
光をすり抜けて
掬われなかった金魚は
どこへいっただろう
何も違いはなかったはずなのに
ただ薄っぺらい和紙が
濡れすぎただけ
打ちつける雨粒の
わずかな痛みから
逃げるように泳ぐ
金魚が見えた
気がしたけれど
あれは幼な子の真っ赤な兵児帯
雲間からさす光のほうへ
遠ざかる
いつのまにか夕立は止み
あたりは祭りあとのような
静けさに包まれていて
薄日に輝く
あの人の濡れた屋根が
わたしの帰るべき場所なのだと
ようやく思い出す
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齋藤様への投稿二度目になります。意図したわけではないのですがまた雨の詩になってしまいました。