時の遺産(続・地下に在り)③ 全四回連載 三浦志郎 12/15
実況見分の日。もともとこの地域には旧海軍の地下要塞跡がある。海に向かって、
不気味な穴を見せている。飛行基地地下通路の入口は、この要塞内部の迷路のような
地下道を通らねばならない。出口はコンクリートで固められ、人ひとりがやっと這い
出せるほどの間口しかない。このままでは実況見分ができない。コンクリートを破壊
する必要があった。木々の伐採、重機・ダイナマイトによる破壊。菅野署長・署員・
鑑識係・法医学の医師・横須賀消防署・海上自衛隊横須賀地方隊工作班員らが中に
入った。もちろん浜野正春・貝塚新吉が先導するかたち。
四十年後に届けられた陽の光
地下通路が黄泉の国に誘うように続いている
野菜畑の下で長い歳月を吸い込んで来た闇
此処だけは
外界とは別の空気が流れているようだ
今は真昼のようにサーチライトが当てられ
通路に初めて入った人々が見たものは――
胴体だけのゼロ戦と二つの遺体
飛行服に身を固めて
操縦席には浜野正風大佐
死後も大佐に従うように
地面には貝塚新介少佐
傍らには
錆びた拳銃一丁
白骨の二人にとって
いまだ戦いは続いていた
仮にも身体をとどめているように
魂魄も今まで
この地下をさ迷っていたのだろうか
遺族の二人にとって
つい先日まで供養は続いていた
(いつまで秘密でいられるか?)
ただ二人に悪意はなかった
ただ人が時に襲われる
弱い心 優柔不断 無為無策 事の放置
優しさがかえって仇となった
そして
人を変えてしまう金という欲望
(二人は四十年という
時の使者の呪縛下にあった
二人は四十年という
時の課題を突き付けられてきたのだ)
白骨にとって
遺族にとって
光の世界を得たことが
これからの安息かもしれない
*
実況見分。まず遺体の調査、その後、収容・搬出が優先された。DNA鑑定と
歯牙鑑定に付されるだろう。
次に警察・自衛隊による通路周辺とゼロ戦の調査である。署員・隊員が
各所各部、手分けして行う。操縦席を調査していた隊員が見たものは――?
今は主を失った操縦席
隊員が淡々とチェックしていたが
突然その表情が驚きに変わった
座席の後ろの空間に紙箱が一個あったのだ
座席を前にずらして取り出した
開けてみると
札束 札束 札束 !
一通の文書―支払証明書―があり その金は
旧海軍横須賀鎮守府が浜野家に支払った接収土地代金と知れた
「八萬円也」とある
この金の発見は浜野・貝塚両人にはしばらく伏せられた
*
検死及びDNA鑑定の結果、浜野正風・正春、貝塚新介・新吉の親子関係が
証明された。残された問題は二人の罪と罰である。
問われる罪は死体遺棄。次いで墓地埋葬法違反である。検察庁に書類送検され、
事件の継続性と時効の起算時期が焦点となったが、結局、時効は成立し、起訴は
されなかった。時代背景、死者の事情、遺書の存在。加えて、凶悪性の無さ、遺体
への誠実、自らの出頭、長い年月、などを当局が斟酌したらしかった。ただし、
墓地埋葬法違反により罰金が課せられ、法に基づく埋葬が義務付けられた。
(四十年という時の使者が現れ
二人に告白を促した
同時に
二人を動かし苦しめた四十年で
彼らに救いの手を差しのべたのだ)
彼らは罪にはならなかったが
時効とはいえ この奇怪な事実は消えない
社会規範と良識からの非難を受けた
これは当然と言えた
浜野は町長を自ら辞任
貝塚は会社を依願退職
遺体は荼毘に付され改葬されたのは言うまでもない
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