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スレッドNo.3172

晩夏の蛍火  上田一眞

  甘い水に誘われて
  蛍来る
  小さな古池が中庭にある

五日前 突然身罷ったわが母
その衝撃に打ちひしがれ 
ただ日々を送るだけの脱け殻
泣き疲れ 
ひとり母の箪笥の前で伏しているとき
みなもを照らす淡い光を見る

 あっ 迷い蛍

昇天した地 橘坂*から飛んで来て
闇の中を彷徨う
母の化身か
幻か

 悲しげに 
    切なげに
 悲しげに 
    切なげに

こころの内にある
追懐の情にいざなわれ
仕舞う者をなくした
蚊帳の中に入る

 蛍

思わずわが手を差し出し
そっと囲おうとしてみるが
あまりに弱い光だから
涙の波間に溺れてしまう

母の着た 《死》の着ぐるみを
誰か脱がせてくれないか
わがこころの悲嘆を光に溶かし
蛍よ 阿弥陀仏の元へ届けて
と冀(こいねが)う

《朝(あした)には紅顔ありて
 夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり**》

 ああ この無常

美しい月の夜に蛍火が灯る
それは寂寞(じゃくまく)とした
晩夏の夜の光

もうじき秋がやって来る
母なき季節が訪れる




 *橘坂 防府市富海 旧山陽道の景勝地
 **浄土真宗「御文書」より抜粋

編集・削除(編集済: 2023年12月16日 00:31)

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