ある日系人の苦闘 上田一眞
霧の街 サンフランシスコ
この桑港(そうこう)と呼ばれる
異国の街から
日系二世のあなたはやって来た
父祖の地を訪う
墓参の旅
流暢な日本語
達筆すぎて読めないほど巧みな字を書く
能筆家
味噌汁は毎朝欠かさないという
ユウセン・シミズ(清水勇泉)
あなたの両親はぼくらと同族
同郷の人だ
ぼくら家族は単純に
日系人も
ともに同じ日本人だと思い込んでいた
米国で成功して財をなし
ふる里に錦を飾る「凱旋帰国」
その伝で会話していると
ぼく アメリカ人ね!
この意外な言葉に
異邦人を全く知らない鄙の一家は
みな目をパチクリとした
父が呆れたように呟いた
親戚なのに…
アメリカ人って言われてもなあ
母国は米国
郷里はサクラメント
話す言葉は英語 (たまに日本語)
海の彼方の異土に他ならない 日本
そういう口吻なのだ
六十兆の細胞からなる人の体
どこを切っても長州人の遺伝子をもつあなた
同じ長州人であるぼくは
あなたの個人史を紐解きたくて
うずうずした
パサデナに別宅を持つほどの資産家
そのあなたは
柔和な表情の裡に日系人が味わった
艱難辛苦を韜晦していた
**
まだ十代 多感な青年のあなた
第二次大戦下
米国政府の日本人収監政策で
シェラネヴァダ山脈の裾野に建てられた
強制収容所に 着の身着のまま
有無を言わせず 放り込まれた
棘だらけのサボテン
ガラガラヘビとサソリの巣窟
風強き不毛の地 マンザナ
ネイティブ・アメリカンの居留地にも劣る
曠野(あらの)のラーゲルだ
パールハーバーを忘れるな
汚い日本人
日系だけが強い敵愾心に晒され
個人資産を没収された上に
身柄の確保・収容までされた
いくら戦時下とはいえ
これが自由を謳う国のすることかと
業腹だった
収容所内の日系人社会では
市民権を簒奪されているにも拘らず
米国市民たらんとする者
天皇を奉じて
故国日本に殉じたいと願う者
それらグループに分かれての葛藤があった
そんな中
イエロージャップ!と蔑まれながらも
国のため多くの日系二世が手をあげ
米軍兵士として
収容所から欧州戦線に出征した
ナチスとの戦いに
米国人としての自己同一性を
再確認して
日系人の名誉回復の活路を見い出す
捨て身の選択だった
米国と日本
二つの国に対するアイデンティティを
あなたを始め多くの日系人は
如何に止揚し
内包する日本人の血を克己したのだろうか
戦争が触媒となったことは
想像に難くない
出征する若者たちを乗せたバスを
収容所のゲートから見送ったあなた
不安いっぱいに 兄や友を
銃弾飛び交う地獄の一丁目へ送り出した
連合国軍中 精強で鳴るグルカ兵と
並び称された
鬼の日系人部隊 米陸軍第442連隊
米軍で最も多くの勲しをたてた部隊だが
勇敢ゆえに
数多の仲間が深手を負い
戦場に屍を曝した
442連隊のイタリア山岳での戦闘で
最愛の兄を失い
その非情な現実に打ちひしがれた
あなた
大黒柱の兄に代わり
家族の暮らしを
支えて行かねばならなかった
戦後 妻を娶ることもなく
サクラメントの農場で一人奮闘したあなた
白人の経営する農場で 遮二無二に働いた
農場でともに働いていた一統の内
ドイツ系は信頼できるが
黒人は信用できないと語った
尻のポケットに入れた財布を抜かれ
彼ら黒人たちと喧嘩になった
ジャックナイフを振り廻して大立廻りだ
警察を呼んだがてんで相手にされない
白人の彼らは
カラード同士の争いには介入しなかった
**
来訪の日の夕べ
わが家での歓迎の宴も終わり
二人でレコードを聞いていたとき
自身の苛烈な半生を
奇麗な日本語でわかり易く語ってくれた
あなたの話しを聞いて
中学生のぼくは
スタインベックの『怒りの葡萄』に
触れているような奇妙な感覚をもった
からりとした
カリフォルニアの風の匂い
光と影
美しい葡萄畑が想い起された
パースペクティブな話しの組み立てと
面白さに聞き入った
アングロサクソン主体の国で
東洋からの移民という
アウトサイダーが持つ《疎外感》に
ぼくの胸中にある
炎(ほむら)が烈しく揺れた
そして 彼ら移民の紐帯の強さ
芯の勁(つよ)さを理解した
人は本質の部分で
《流離い》を志向する宿痾を持っている
移民という家族流離譚の只中にいたあなた
移民を卒し
米国人になることで《流離い》の宿痾から
解き放たれたのか
あなたは話しの締めに
昭和四十年代としては珍しい
コダックのカラー写真を取り出し
見せてくれた
桜まつりで賑わうサンフランシスコ
走る花電車
洒脱な大理石の白い家
アン スーズン ジェーン ゲール
クララ クリッフォード
あなたが守り育んだ家族
居間で寛ぐ妹の子どもたちに囲まれ
穏やかだが精悍な顔
どれもみな豊かな生活と
花咲く北カリフォルニアの自然が
写真に切りとられていた
あなたの脳裏には
強制収容所で体験した政治の不条理
白人農場での苦闘
異人種に対する蔑視との戦い
そして 流離譚との訣別
これら自己の半生が去来したのであろう
試練の時代を生きた日系二世
米国人 ユウセン・シミズが
四角いプリントの中から大きな目で
真っ直ぐ
ぼくを見つめていた