大樹 秋さやか
静止画のような雨の朝
深碧に滲む世界
その中心に
一本の大樹がある
冷たい雨粒を受けとめて
微かに震える
一枚の葉は
一つの国かもしれない
一軒の家かもしれない
一個のわたしかもしれない
向こうの枝で揺れているのは
あなたかもしれない
かつては
小さな一本の双葉だった
わたしたち いま
どうしてこんなに遠いのだろう
鳥が囁く
鳥が囁かない
虫が来る
虫が来ない
光があたる
光があたらない
時が流れる早ささえ きっと
パタ
パタ
パタ
ヘリコプターのプロペラ音が
のどかに響く昼の空
太く張られた根元から
今朝の雨を静かに吸いあげる
それぞれが違う形をした葉脈は
それぞれの月の色へと透けてゆく
互いの遠さを見つめながら
同じ雨に満たされて
病葉のざりりとした穴の向こうで
陽が沈む
重たげな雲を
光で縁取りがら沈んでゆく
その残光を閉じこめて
どろりと滲む樹液
これはいったい誰の傷だろう
誰かの傷を
痛いと感じる不思議
時の重さに
揺れる
すべての葉はゆりかご
ささめく寝息がいつか
ひとつに重なるときを待って
待ちつづけて
諦めのように散り
希望のように芽吹く
繰り返される
命の満ち引き
樹洞のなかへ
さみしい風を眠らせて
降りくる夜のとばり
よりも濃く深い大樹の影に
包み込みこまれた地上で
いつか
あなたとわたしは溶けあう
わたしたちは溶けあう
無数の星々だけが
青く目醒めている夜に