ホルスタイン 妻咲邦香
軍手を持ってきなさい
そう注意された
平気だよと答えたけれど素手じゃ危ないって
自治会恒例のゴミ拾い
今日入っていくのは山の斜面で
虫にも刺されるし藪で腕も切れる
でも今から戻ったんじゃ間に合わないって
それでもいいからって、私から話しとくって
散々言われて渋々車で帰る途中
だからちょっと急いでた
小さな町を南北に走る県道
信号のないT字路の左に車
車列が途切れるのを待って
出るタイミングを伺っている
おそらく年配の男性だろう
私の前がちょうど二台分空いてて
後ろは車がいなかった
だから少しスピードを上げた
間を詰めて早く出してあげようと
この町の空は広過ぎる
にも関わらず四方を山に囲まれてるので
空の端がその分切れている
だから面積は広いのだけど空が狭く感じる
都会から移住してきた人が言っていた
たまに里帰りすると空が広くてびっくりすると
大都会の真ん中で高層ビルに囲まれてても
端が切り取られていないので空は広く感じるらしい
そういうものかと私は思った
運転手は右左を見ている
こっちを見て、向こうを見て
またこっち見て、さらには向こう
そしてそのまま、しばらく止まって
今日の空は曇っている
広くて狭い空に、雲がびっしり貼り付いて
小雨でも降ればゴミ拾いは中止だろう
けどおそらく、降りそうもない
車は出てくる気配はなかった
運転手は向こうを向いたまま
もしも出るならもう一度こっちを見る筈
私はアクセルの力を抜いた
誕生日に冗談で貰ったマスコットのキャラクター
フロントガラスで揺れている
ゲームか何かの景品らしい
ケンタウルスの下半身が何故かホルスタインで
そしてT字路に差し掛かったその時
車が目の前に飛び出してきた