子どもとして生きられなかったわたしへ 江里川 丘砥
子ども時代を
子どもとして生きられなかったわたしへ
自分がかわいそうだと嘆くことは
けっして愚かなことではありません
子どもが見なくてもいいものを見て
抱えなくてもいい思いを抱え
負わなくてもいいものを背負い
心が壊れた
トラウマや傷は消えず
それでもあなたは
生きていかねばならなかった
誰にも言えない秘密と
誰も気づいてくれない悲しみと
誰も何も言ってくれない孤独と
何もかもを抱え込んだ
ひとりぼっちの子どもには
嫌だ、苦しい、辛いと感じても
どうにもできないことだったから
感じることをやめました
感じていても見て見ぬふりをしていたら
本当の自分がわからなくなりました
悲しみに蓋をしていたら
楽しさも忘れてしまいました
苦しみを否定していたら
喜びもわからなくなりました
怒りを感じないようにしていたら
とめどない憎しみとなって出てきました
愛されたくて自分をころしていたら
本音は見えなくなり
嫌なのに嬉しいふりをしていたら
欲しくないものばかりが降ってきました
子ども時代を子どもとして生きられなかった
それは一生分の損失
基盤が歪んだ人生
それによって得たものを数えるとか
人生経験が増えたとか
ひとの痛みがわかるとか
そんなもの要らないから
普通の人生がほしかった
枯れた心のまま
不安定なまま
自分自身を生きることも知らず
安全な場所も
健全とは何かも
わからないまま
生きていかなければならないなんて
あとには虚しさしか残りませんでした
口に出すこともできず
出したところで
どれほど理解をされたいと願っても
誰にでも理解されることでもありませんでした
時間を返して
わたしを返して
嘆き哀しみ
吐き出して
泣いて
とめどなく涙を流して
思う存分「かわいそうだ」と思ってもいい
悔しくて
虚しくて
死んでしまいたくて
だけど死ぬこともまた
難しかった
底の知れない絶望と空虚
なぜわたしが
こんな思いをしなければならないのだろう
怒りも
憤りも
もうなにもかもを思う存分
思っていい 感じていい
理由などいらない
「だってそうなのだから」
それだけでいい
そうして
すこしでも
ほんのすこしでも
ひかりが見えたなら
そんな気持ちが湧いたのなら
それは
自分で勝ち取ったもの
誰にも奪われないもの
明日を生きるちからになるもの
今を生きるよろこびへと繋がるもの
子どもとして生きられなかったわたしへ
あの頃、上手く守ってあげられなくて
ごめんね
誰もあやまってなどくれないなら
未来のわたしからせめて
ごめんね
あなたは何一つ悪くない
よくここまで生きてこられた
子どもとして生きられなかったわたしへ
それでも生きてくれてありがとう
あなたがいたから
わたしがここにいる
世界が今ここにある
子どもとして生きられなかったわたしへ
それでもいっしょに生きていこう
もっと自由な気持ちになれる世界を
味わいにいこう
子どもとして生きられなかったすべての
かつての子どもが
今の子どもが
当たり前の幸せと安心を享受できる世界を
健全な社会が育っていくことを願いながら
あの頃のあなたと
わたしは今、生きています