美しい時代 樺里ゆう
2022年
12月の半ば
マリは今
大学の卒業論文が
気がかりだ
指導教官に
言葉の定義も 分析の方法も
見直しなさいと言われて
今の時期にどうせえっちゅーねん
と思いながら
フードコートで
母におごってもらった
1023円のチーズお好み焼きを食べている
 ああ今わたし
 こんなことで悩んでいるけれど
 別の国では
 寒空の下 ミサイルに怯えたり
 洪水で何もかも押し流されたりした
 人々がいる
 悩みを比べるなんて馬鹿馬鹿しいと
 わかってはいるけど
 今わたしのお腹は
 満たされている……
マリは心の中で問いかけた
 ねえベル・エポック
 悪い時代のあとには
 良い時代が来るって
 ほんとう?
 それなら
 良い時代のあとには
 悪い時代が来るの?
ベル・エポックは答えた
 いつの時代も
 泣いて苦しんでいる人は
 いたよ
 みなが一つの時代を生きるのではなく
 個人が個人の人生を生きていたよ
 だからきっと
 悲しみの種類が
 変わるのだね
 いつか君の頭上に
 ミサイルが飛び交うようになったら
 君の悩みは
 今とは違うものになるだろう
そう言ったきり
ベル・エポックは黙ってしまった
マリも再び
何かを問いかけようとは
しなかった
それから食事を終えて
フードコートを後にしようとした時
はじめて
ベル・エポックはいなくなったのだ と
マリは気づいた
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マリが住む地球に原爆などあるな  渡邊白泉