愉快犯 大杉 司
逃げ切った先は
ただ何も無い病室
孤独な空間
狭い家
心に残ったのは
一つの懺悔
家族の心配
仲間の行方
今この状態でも
あの時を振り返り
後悔しては泣き
思い出しては笑う
違う世界に移り
違う名前で生き
違う性格となって
暗い病室に住んでいる
意識や耳が遠くなり
歳をとったと自覚しては
もっと真面目に生きてこれたと
自分に落胆する
「あと僅かで自分は消える」
そう思うたびに後悔し
逃げ切ったことを喜び
少ない達成感を感じる
ただもう一つ心残りがあるならば
誰からも正体を見破られず
「偽名」のまま死ぬことだ
それだけは避けたい
近くにいた職員にこう言った
「私が桐島聡です」
すぐに周囲は騒がしくなり
警察もそろそろ来るそうだ
彼はその光景を目にし
あのポスターの様に笑っていただろう
ようやく解放されたのだ
しかも死の直前に
後悔や懺悔など無く
彼はただ人々を嘲笑し
この様に死んでいくことを望んだ
一人の愉快犯だったのだろう