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スレッドNo.3526

色彩喪失  上田一眞

ぬばたまの黒い闇から生まれ出た
犬に
魂を食い破られ
その衝撃で
眼は色彩を失った

うつ病という名の狂犬が暴れ廻り
こころが壊れると
色がともに散華した

真紅の薔薇はセピア色へ変わり
次第に彩度を失って
モノクロと化し
黒い薔薇となった

生活の中から彩りが消えた
蝶 も
蜻蛉 も
蟻ん子 も
私が愛する
生きとし生ける小さき命が
黒いゴキブリに
姿を変えて
ゴソゴソとこころの襞を這い廻った
 
**

いま思い返すと
あの日は
生産部門でミーティングの予定だった

就業時間の前に済ますつもりで
早朝 自宅から
工場事務所に直行し
古い社屋の入り口に立った

胸がざわつく
どこか普通じゃない 
色がない

もともと一帯はコンビナートで
工場地帯
スレート一色だ
無機質で彩りに欠けるところではあるが
それにしても様子が変だ

陽は登っているのに 鈍色
アッシュグレーの世界
中庭にある邸内社の朱い鳥居も褪色し
抜けたような薄墨の世界に
変わっている

そして ついに現れた 
夢の中で
私の魂をバリバリ喰らう犬
闇の中から生まれ出た狂い犬
そやつが
事務所の前にいぎたなく寝そべっていた

眩暈と悪心にしゃがみ込んだ
足元を見ると
靴は軟らかい犬の糞を踏みつけて
汚穢と臭気に包まれていた
私は激しく嘔吐した
 
**

精神科医院の門を潜った
うつ病と診断された

医師から
甘くみてはいけないよ 
入院してきちんと療養するようにと
告げられた
しかし
自分はそれが許される状況になく
断らざるを得なかった

ただ 身体があちこち傷んでおり
血尿 下血が続いていたので
検査するため
人間ドックに入った
そして
うつ病と向き合うことにした

日々うつは悪化して行った
眠りは浅く不眠症に陥った

わがこころの中の街並は
色を失い
風が途絶え
小鳥は何処かに去って 
人の気配すらしなくなった

病んだこころと身体の相剋
病んだこころと頭の背離に
痛みを覚えた
あまねくこころの内も複雑に乖離した
何もかもバラバラだ
人格の統合すら怪しく感じられた

ああ もう疲れ果てた

うつ病とそれに伴う幻覚・幻視を
発症しているとはいえ
色彩を喪失するなんてキツいなあ
洒落にならないよ
俄にはこんなこと他の人に説明したって
信じてもらえるはずもないし…

私は途方にくれ
後ろ髪をひかれながらも一ヵ月ほど
休職し
こころの病と対峙した

しかし それは終わりではなく
うつ病との長く
孤独な
闘いの始まりにすぎなかった

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