聖らかな人 静間安夫
「神さまは
人間のこころの中に
住んでおられる」
幼いころ
そう教わったことがある
自分は
これまでの人生
「天使になろうとして
往々にして××になる」
その繰り返しだったし
年をとればとるほど
汚辱にまみれていったから
神さまはとっくに別の人のこころに
引っ越してしまっただろう
ところがだ…
他の人間も
きっと自分と同じに違いない
この欲と金のうごめく大都会で
神さまをこころに住まわせている
人間なんているはずがない―
そんな具合に
人を自分の物差しで測るのは
まちがいだ
たとえば
きみは
毎日残業続きで へとへとに疲れ
朝も遅刻しそうになって
駅の階段を駆け上がる途中
よろめいて転んで したたかに膝をうち
痛みに息もできずに
そこに倒れ込んでしまったとき
他の誰もが見向きもせずに
立ち去っていく中で
ふと きみに近づく人がいて
優しく助け起こしてくれたことは
なかったろうか?
その人は真っ白な服を着て
髪を肩まで伸ばし
ひげをたくわえ
一見ヒッピー風だけど
この世の人とは思えないほど
聖らかで穏やかな顔をして
じっといたわるように
きみを見つめている
「大丈夫ですか?」
優しい声にすっかり癒されたきみは
その人に身体をささえてもらうと
不思議なほど痛みも忘れて すっと立ち上がり
「大丈夫です。ホントにありがとうございます!」
と改めてお礼を言おうと
自分の傍らを見ると
もう その人は人ごみに紛れて
いなくなっていた―
そんなことがなかったろうか?
あるいは
きみはあの事件を憶えていないだろうか?
もう二十年以上も前のことになるけれど
大都会の夜の駅で
電車がホームに進入する直前に
線路に落ちた日本人を救おうと
ひとりの若い留学生が
線路に飛び降りたものの
結局 日本人も留学生も
命を落としてしまった
あの事件のことを…
留学生の祖国と我が国の間に横たわっていた
不幸な歴史を一足飛びに飛び越えてしまった
あの勇気のことを…
ヒッピー風の人も
留学生も
その無限の優しさと勇気、
聖らかな行為の源は
いったいどこにあるのだろう?
「この人たちのこころの中にこそ
神さまが住んでおられるから」
わたしにはそれ以外の答えが見つからない