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スレッドNo.3616

うぐしの涙  上田一眞

 あぁ うぐしじゃあ
 うぐしが歩きよらぁや
 石 投げちゃろか

唖者を子どもたちは うぐしと呼び 
手酷くからかった

砂浜の低い堤防の下
近所の製材所から拾ってきた
板切れを使って
一人寝れるほどの小屋を組み立て
住んでいた
うぐし

なぜ
みんなは馬鹿にし
蔑むのか
小さなぼくには分からなかった

ある時
お昼用にお弁当をつくってもらったので
浜へ行き
おむすびを食べた

うぐしが寄ってきて
欲しそうにしてたので

  食べる?

おむすびを一個渡した
彼は受け取るとペロリとたいらげた
食べ終わると

   ううう
   ぐぐぐ

言葉にならないことばを放った
もう一つあげた
すると彼の目から一雫の涙が零(こぼ)れた
余程ひもじかったのだろう

顔は浅黒く汚れていたが
目は澄みきって陽の光を湛えていた

それから
ぼくは時々浜へ行き
いっしょに遊んだ
言葉は必要なかった
ぼくには親しい友がきとてなかったから
とても嬉しかった

うぐしはいつもにこにこ笑い
器用で
板切れを巧みに削り
小船を作ってくれた
ぼくはそれを肌身離さず持ち歩き
大事にした

季節は巡り
はつ冬を迎えようとしていた

小春日和のその日 久々に
浜へ行ったが
彼の姿はなかった
どこへ行ったんだろうか?
次の日も居なかった
また次の日も…

水飴を求めて 近所の
駄菓子屋に行ったとき
店のおばさんが 
他の客と小声で話してるのを聞いた

 浜のうぐしが死んだげな…

死因はよく分からない
死というものが
まるで理解できなかった ぼく
浜へ駈けて行き うぐしを捜したが
いない
ただ 寄せる波の音があるばかりだ

またひとりぼっちになった
と悟った
潮風が冷たく頬を叩いた
うぐしの死より ぼっちになったことが
悲しく 目から涙が溢れた

ぼくにとって
彼は果たして何者だったのだろうか
孤独な自分に 天が授けた
使者だったのか

いまもたまに夢に現れ
うぐしはぼくに笑いかけて来る
ぼくも応える
楽しかった浜の思い出とともに
うぐしの零した
一粒の涙の中の輝く虹を
思い出す

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