わたし 樺里ゆう
二十二歳の夏だった
出かける直前に話しかけられ
ぞんざいな言葉遣いで返した姉を
父が怒鳴りつけた
わたしはその怒鳴り声を
洗面所で聞いていた
髪をとかしていた手は硬直し
両眼から反射的に涙が湧き上がる
わたしは忍び足で自分の部屋に逃げ込み
ベッドの上でしばらく泣き続けた
幼い頃からそう
父が誰かに怒鳴っている声を聞くと
自分が怒鳴られたわけでもないのに
勝手に涙が出てきて止まらないのだ
だけど二十二にもなってまだ泣くなんて
自分でも驚いてしまう
——インナーチャイルド
昼間の星のように存在する
その時々のわたし
父を大切に思い
父に怯え
父を軽蔑し
父に共感するわたし
父の言うことに忠実であろうとした わたし
父と己の考えが違っていてもいいと気付いた わたし
これらの思いを何一つ
父に言っていない わたし
これからも言うつもりはない わたし——
ふとした拍子に掘り起こされる
無数のわたし
それをみな連れて
わたしは今日も生きている