旅立ち 静間安夫
思えば
ずいぶん長いこと
旅を続けてきたものだ
ひとところに落ち着くひまもなく
旅から旅へ
山あいの町から海辺の町へ
都会の裏町のステージから
片田舎の神社の
縁日の舞台まで
みなしごのおれが
旅芸人の一座に拾われたあの日から
今日のこの日まで六十年
よくもこれだけ長いこと
旅をすみかに生きてきたものだ
自分でも呆れるくらいだよ
そんなおれも
寄る年波には勝てない
いよいよ仲間と別れて
最後の長旅に出るときが来たようだ
いや、だからと言って
湿っぽくなるのは真っ平だ
なぜっておれには
思い残すことはないからね
おれを拾ってくれた先代の親方にも
この一座にもじゅうぶん恩返しができたし
若いもんにも おれが伝えられるものは
みんな伝えたつもりだよ
だいたい
この世に生を享けるのが順番なら
暇ごいをするのだって順番というものさ
めそめそするいわれはない
それにどんな獣にしたって
そのときを悟れば
悪あがきをせず
静かに旅立っていくじゃないか
こちとら人間様だって負けちゃいられない
潔く出立するとしよう
そんなおれでも
この長旅がまるでこわくない、って言ったら
そりゃぁうそになる
なんてたって
これから旅しようってところは
くにざかいを越えたら最後
向こう側から戻ってきたやつは
ただのひとりもいないんだから
あっちの事情を何ひとつ聞くことができない
これまで
そんな皆目見当のつかない土地へ
旅したことはないからね
それでも
人生をずっと旅に明け暮れてきた
おれにとってみれば
今度たどり着いたら
もう二度とその場所を動かなくてすむ
やっと落ち着き先が見つかったって
ことじゃないかい?
ふるさとを知らない
みなしごのおれが
ようやく心穏やかに
ゆったり過ごせる場所に
たどり着けるかもしれない-
そう考えれば
多少の楽しみも出てくるってもんさ
えっ?なんだって?
閻魔さまだの何だの
手強いのが けっこういるらしいって?
まぁ、それも行ってみないことには
わからない
それに、そんときはそんときだ!
これでも竹本菊之丞一座にその人ありと言われた
竹本孫太夫さ
甘くみてもらっちゃこまる-
閻魔さまとやらに
一世一代のひとり芝居でもお見せして
楽しんでもらおうじゃないか!