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スレッドNo.3844

楽団  理蝶

指揮者が右手を 挙げた

指揮棒の切先に引っ掛けた
透明のベールがするするとずれ落ち 
楽団があらわになる

いそいそと準備していた
先ほどまでの彼らとはまるで違う 
華やかに張り詰めた楽団

彼らのまなざしは
切先 ただ一点へ向かい
その切先は 
この舞台の明かりをきゅっと集めた
小さな恒星のようにかがやいている

無音の域に潜みつつも
たしかにそこにある和音が 
艶やかなフローリングや分厚い絨毯から 
底鳴りして 聴衆の心を静かに高めてゆく

指揮者が右手を 振った

一点にあった 小さな恒星が分かれて
奏者ひとりひとりに降り注ぎ 
万感の第一音と共に
舞台は金色の小銀河へと 様変わってゆく

ひとの息が 金管の回路を抜けて
肉々しい花びらのように 放たれ
ひとの弾みが 音板の芯まで響いて
晴れ空の果実のように 実る

小銀河に浮かぶ 桃源の見晴らし
絢爛に飾られた 法悦へのくだり坂

目を閉じて 
結んだ口をゆるめて 浮かぶ 
重力も音におぼれて 
皆が皆今をわすれて 浮かぶ

奏者の首筋に汗が はしる
指揮者の創意と駆け引きが ひらめく
壮大なフィナーレに向かって
楽団は はち切れん力にふくらむ

ついに 
フィナーレへ駆け込んだ楽団は
あるだけをすべて置いてゆくように 
最後の音を鳴らした

指揮者が拳を 止めた

広がっていた音の物語は 
一気に彼の拳に吸い込まれ
会場は呆けた息に包まれた

一つ間を置いて
割れんばかりの拍手、歓声
立ち上がり声を上げる人もいた

僕も思わず立ち上がって
いっぱいの拍手をしていた

拍手は鳴り止まなかった

つめたい今が この場所に帰り来るのを
必死に拒むように
皆 拍手をやめなかった

しばらくすれば 
重たいドアのすきまから
容赦なく今は訪れて
再びこの場所を満たすのだろう
長い拍手も むなしいまま
青く萎えてしまうのだろう

けれど
かがやく音像と胸底の熱は
つめたい今に負けることなく
ひとの内に 
いつまでも残ってゆくのだった

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