マロニエは咲かない 上田一眞
パリは風そよぐ花の街
なのに
僕のこころに
マロニエは咲かない
こころのカンヴァスに
横溢するは
ユトリロの絵のような冬のパリ
リスボンからやって来てファドを唄う
黒髪の女がひとり
窓辺で切なげに口ずさむ
紅い唇
いつからだったか
僕の絵のモデルになった
そして恋に…
帰国の迫った僕は
ふたりの道行きを語った
だが 彼女は無言のうちにパリを去り
故国へ旅立つ
恋が 疾(と)く 風に消えた
僕はひとつの額縁の中に
美しい花を
失った
いまも女が唄う
苦しげで切なく
哀愁を帯びたファドが耳に残る
ファドに敗れた
悔しさが
鐘の音とともに
花咲くパリの街にこだまする