塗りつぶされたバス 温泉郷
少年は不器用で
絵を描くのも苦手で嫌いだった
一年生の二学期に
乗り物の絵を描く授業があった
少年は いつも家の近くを走っていた
緑のバスを描いてみた
自分ではわりと気に入ったのに
となりの子はそれを見て笑った
となりの子やうしろの子が
みんな上手なのを見て
癇癪持ちの少年は
黒と茶色の絵の具を
パレットにたくさん出して
緑のバスを塗りつぶしていった
塗りつぶすとき
このバスは
もう絶対走らせない
と決めて
緑のバスは沼の底に沈んでいった
少年はなぜこんなことをしたのか
自分でも分からなかった
先生がそれをみて
何を描いたの?と聞いた
汚らしく絵の具が広がる画面
少年は仕方なく
ドブ と答えた
先生は笑った
みんなの絵が 教室の後ろに貼り出された
バス 電車 飛行機 自動車が並ぶ
少年のドブも貼り出された
授業参観の日にも
乗り物の絵は貼り出されたままだった
少年の母が休み時間に
「お前はどれを描いたんや」と聞くので
少年は 絵を指で示して
「これや ドブや」と言うと
少年の母は 「お前らしいな」といって笑った
周りにいたお母さんたちもつられて笑った
少し悔しかった少年は
考えていた言い訳を言おうか迷ってやめた
本当はドブやない
緑のバスなんや
みんなには見えへんかもしれんけどな
本当は緑のバスが走ってるんやで
あのバスはデザインは変わってしまったが
今でも緑色のままで走っている
停留所でバスが止まった
雨の日にはねて乾いた泥が
タイヤにへばりついている
少年は防具入れの中にある面手ぬぐいで
きれいに拭ってやりたいと思う