家出 司 龍之介
親父とつまらない事で喧嘩して
と言っても塵に積もった鬱憤が爆発して
こんな喧嘩をしたんだが
どこか遠くへ行きたくて
電車の定期券だけを持って家を出た
冬の日だった
自転車に乗る気分じゃなく
このままどこか遠くへ行って
野垂れ死にたくて
歩いて一時間かけて駅まで行った
四十分程電車に揺られ
着いた街でぶらぶら歩き
財布もスマホも置いてきたから
何も出来ない
そしてただ歩く
歩いて歩いて
この街を彷徨った
この街は大学へ行く途中にある街で
よくここでうどん屋に寄り
おばちゃんの笑顔に癒されに
何度もうどんを食べた
人に笑顔を向けられると
自分の存在が許されたような気がして安心した
この街では色んな事があった
奨学金を勉学に使わず街で浪費したり
ホストの勧誘にあったり
変な外人おばさんに
変な店に連れて行かれて金を搾り取られたり
徹夜して彷徨って深夜のカツ丼屋に入って
朝一には例のうどん屋に入ったり
鳩と戯れたり
路上で弾き語りしてる人と一緒に歌ったり
共産党の活動の人達に勧誘され
少しの間俺も仲間になったり
コンビニで万引きしたが
盗んだ物が醜く映ってすぐ捨てたり
悪業した後はゴミ拾いをして善行を積み
占い師には芸術的才能は無いと言われ
それが暫く詩人としての自分の心に引っかかり
今の詩作にも影響しているかもしれない
本当に色々あった
だけどどれも嫌な思い出じゃない
楽しい思い出でもない
ただ過ぎて行ったんだ
一日一日が
だんだん日が暮れてゆき
闇が街を覆いそして光だす
俺は裸足で草履を履いていたので
足は冷たく霜焼けが出来ていた
体も薄着で肌寒かった
だけどまだ死ぬ気もしないし
これからどうやって生きていこうか
それとも死のうかと思案した
その時 歩いていると
お袋の車が俺の横に来て俺の名前を呼んだ
どういう偶然だろう
どうしてこの街のこの場所にいると分かったのだろう
ただ驚いてお袋の執念にも驚いて
何の抵抗も無く車に乗った
これは何か神の導きなのか
神がまだ死ぬなと言ってるのか
暫く説教を食らって警察にも電話したそうだ
俺は少し残念な気持ちになり不覚にもホッとした
そしてお袋の話は右から左へ流れて行った
お袋は家に戻らず母方の実家へ行った
時間は十時を過ぎ家に着いた
祖母に電話して鍵を開けてもらい
俺は行き着いた
祖母は風呂を入れてくれて
入ると骨身に染みる程温かかった
こんなに風呂で感動した事はないかもしれない
でも俺はこの裸で身に染みてる状態でさえ
素直になれなかった
ただ自分を呪い自分の人生を呪った
祖母は昔から優しかった
祖母の家に行くとよくオロナミンを飲んだ
子供の日には毎年お小遣いを貰い
成人した日には二十万円も貰った
だけどこれから祖母と二人で生活するようになり
散々迷惑をかけるようになるんだが
そう思うと
俺はここまで書いた数年前の出来事からも
今も変わらず未熟者で
自分一人では生活が出来ていけず
他人に依存して自立さえ出来ない
どうしようもない程未熟な人間なのだ
でも今は不思議と幸せだ
親父が居ないからだろうか
そうに違いないし
俺も幸せになるために本気になった
今ある物に感謝して 自分にも感謝して 神にも感謝して
未熟な自分を許して
許して どこまでも許して
自分を褒められるようにもなって
大学はやめて 苦痛だった勉学からも解放されて
バイトも一生懸命して お金に余裕も出来て
なんだかんだ全部上手く行った
きっと俺は運がいいんだ
今では親父と喧嘩したことも
最良の出来事のように思える
まだ不安材料はあるが
最低日本で飢え死にする事はないだろう
その点日本に生まれてきただけでも俺は運がいい
初めから祖母の家に行っていれば良かったと思ったが
まぁいい
今は祖母と二人三脚で楽しく生きている
これからもそうだ
未来は明るいと信じて歩くとしよう