歩く男
ひとりの男が歩く
どこへ向かおうというのか
夕日が沈む先へ歩く
水平線の向こうまで歩く
手には国語と算数の教科書を持っている
男はもう一度勉強したかったのか
空っぽのリュックサックには乾いた砂ぼこりが入っている
何十年前に買ったリュックサックなのか
乾いているのは男の心かもしれない
心の砂漠に水を与えよ
男は一心不乱に歩く 迷いがない
かつかつという音が聞こえてきそうな歩みだ
男は未来へ歩こうとしている
過去の自分と決別するために歩いているのか
男は薄汚れている
シャワーを浴びせて身体を清めてやれ
汚れているのは心か
心は澄んでいた 表面は汚れているが 中まで浸透していないらしい
男は微笑んでいた
最初は悔しそうな表情で歯をくいしばっていた
今は違う 何が男の笑みを誘発させたのか
風が吹いていた とても柔らかな風が
そよそよと春の森の木陰から吹いてくる風だった
誰が贈ったか知らぬが男は大層うれしそうだった
男が歩いている
猪突猛進に近い歩き
ずんずんという音が聞こえる
これはいけない張り切りすぎである
ふさわしい歩き方がある
もう少しゆっくり落ち着かせねばなるまい
雨を降らせた
小雨程度だ
男は張り切りすぎたせいでだいぶん汗をかいている
汚れていたし暑いようだ 涼しくしてやろう
男の歩みは決して止まらない
常に歩いている
そう心臓が常に動いているのと同じように
男の行く道は穏やかだったり険しかったりする
自然な歩みで乗り越えてゆけたなら……
と安らかなまなざしで歩めば正解である
男を支えるのは二本の足だけだが
手伝ってあげるのは我々の役目だ
男の行く末に 幸あれ