小さきものへの哀歌 上田一眞
潮溜まりに座って
そっと足を突っ張り 砂を押し出す
穴を掘り
砂でプールをつくる
砂糖のように脆い砂の土手
崩れた砂をサルベージして盛り上げていると
小さなヤドカリが
ぞろり
と 躄(いざ)ってやって来た
貝殻に潜り込んだヤドカリは
はさみを出し
触覚を出し
眼を出し
ぎょろっ とあたりを見廻している
身の丈に合った巻貝の殻を探し廻り
宿を借りる
イソギンチャクを背負って
天敵から身を守る
その生き様が けなげだ
ヤドカリは潮溜まりのなかで
自分なりに装い
自分の世界を
自分らしく
懸命に生きている
**
ごうら(*)に散在する
黒い石
ところどころに濃い緑の縞が混じる蛇紋岩
波に洗われ
鏡面となったつるつるの石が
十文字の光を放散する
おのれの運命(さだめ) とばかりに
水の中でみじろぎもせず
鎮座する黒い石
ぴかぴかに磨かれた墓石のようだ
石と石の狭間に貝殻の堆積がある
古びた巻貝の死骸
夥しい蝟集
ここは
ヤドカリが永の眠りについた場所
やがて上げ潮となり
潮の流れは
小さきものへの哀歌を奏でる
洗われる黒い石
水が揺れる
石が揺れる
霊(たましい)が揺れる
**
南風が顔を撫で
漣がたつ
僕のこころに共鳴する哀しき微風
夕刻となり
小さきものへの供養のため
盂蘭盆の灯し火を流そうと
紙の船を折る
蝋燭を乗せて点し
海へ放つと
紙の船は沖に向かって流れ
青い夜光虫が葬列のように光る
黒い石の下の小さき骸に
想いを致し
灯火の行方に
万物流転の無常を感ずる
*ごうら 石がゴロゴロしている浜辺