影法師の歩く道 人と庸
あまねく照らす太陽の下
ひとつの影法師が歩いていく
このせまい町を
毎日 毎日
あらゆる通りを
あらゆる横道を
縫うようにして
今日も歩く
明日も歩く
次の日も
また次の日も
ただ歩く
ただただ歩く
影法師が
歩いていく
少し足をひきながら
まるですべての道を
自分の足跡で埋めつくそうとするかのように
影法師は
かんがえる
今日はこの角を
曲がろうか
それともまっすぐ
進もうか
角を曲がった先に
何があるのか
まっすぐ行けば
どこに辿り着くのか
影法師は
ときどき思案する
あるときは
古い民家の間を血管のように這う
細い道を気ままに進む
その先にひっそりとたたずむ寺の境内には
一面に敷き詰められた
桜の花びら
あるときは
蔦がびっしりと蔓延る
廃墟のアパートを発見する
その角を曲がると
いきなり目に飛び込む鮮やかな色色
誰が置いたのか
真新しいトーテムポール
あるときは県境への道を上る
峠のお地蔵さまの祠には
一冊のノート
誰もが自由に書き込める
行きずりの日記
見知らぬ人の想いを
少しだけ のぞき見する
引き返して坂を下ると
とある家の植木鉢に
変わった形の白い花
家の人が 鷺草だと教えてくれた
なるほど今にも飛び立ちそうな
いや それはもう 飛んでいるんだ
歩くことだけが目的だった影法師にとって
毎日は 小さな冒険になっていく
風が吹いてきた
風は時たま 誰かの消息を伝えにくる
影法師は
昔 大きな曲がり角を曲がったと
だから足をひきながら
故郷のこの町を
歩き回っているんだと
曲がり角を曲がった先に
何があったのか わたしは知らない
影法師は今日も歩いている
いつまでこの町を歩き続けるんだろう
曲がろうと
まっすぐ行こうと
きみの行く道には
うつくしいものがたくさんある
おもしろいものもたくさんある
きみ以外の誰かも
必死に生きている
歩いて
歩いて
毎日 がむしゃらに
歩いていれば
いつか飛び立てるかもしれない
小さな植木鉢の中から
✽✽✽
影法師は
今はこの町を歩いていない
年に一度のお祭りの日にだけ現れて
そのときは うろうろ きょろきょろ
そこいらを歩いている