翡翠の季節 理蝶
ハイウェイの後部座席で
短い眠りから覚めたら
この胸を満たした
"翡翠感"とでもいうべき感覚
ほの甘さでも ほろ苦さでも
恍惚でも 胸騒ぎでも
そのどれでもなく
そのどれでもあるような感覚
5月はいつも翡翠色
茂り盛る葉の間を ふき抜けるあの風や
ルームミラーの中 静かに在る父の瞳も
みんな翡翠色に見えてくる
5月はいつも突然に
あわただしい4月に隠れ
その身に 燦々の陽をため込んでから
街になだれ込んでくる
5月にしかない えもいわれぬ心地
つまり"翡翠感"!
夏の芽が肥えてゆくのを
聡く感じ取る さわやかな胸さ
流れるは
80年代を閉じ込めたラジオ
のんきなエフエムが お構いなく喋り
流れるは
神様が雑にちぎって浮かべた雲
陽の端をつかまえて 内側から光っている
まったく人生から壮絶さだけを
抜き取ったようなハイウェイだ
実に冗長で 実に陽気である
僕はまた眠ってしまうだろう
今度はじっくりと深くまで
100キロを越える時速も忘れて
その先で
午睡の夢が僕を待つだろう
やわらかな夢に
胸の翡翠がとろけてゆくだろう